津地方裁判所 昭和24年(ワ)66号 判決
原告 久留裕
被告 斎藤一
一、主 文
原告が被告に賃貸している別紙物件表記載家屋の賃貸料を昭和二十三年十一月以降昭和二十四年五月末日まで壱ケ月金二千五百円、同年六月以降を壱ケ月金参千円と確定する。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は被告が原告より賃借する別紙物件表<省略>記載家屋の賃借料を昭和二十三年十月より昭和二十四年五月末日までを一ケ月金二千五百円、同年六月以降を一ケ月金四千円と定める、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として原告の祖父訴外久留春三が別紙物件表記載の家屋を建設して久留病院を創設し、原告の父訴外久留威が祖父の業を継ぎ右病院を経営してきたが、昭和九年四月父の死亡により右病院を閉鎖していたところ、昭和十年十二月被告より病院を経営するため右家屋を借受けたいとの申出があり、原告との間に右家屋の賃貸借契約が成立するに至つた。原告は被告が原告の祖父春三が外科部長として勤務していた日本赤十字社山田病院に春三の後任として、同部長の職にあつたことを聞知したゝめ同人を信頼し家賃も特に被告の希望に任せ一ケ月金百円と定め、昭和十三年十一月に至り從來私証書であつた賃貸借契約証書を公正証書に改めた。その後三重縣知事に対し家賃増額の申請をなし、昭和二十一年二月一日から以後これを一ケ月金四百円とすべき旨の許可を得たので被告に右同意方を求めたところこれに應じないため原告は弁護士訴外野呂正達を代理人として交渉さした結果同年五月二十九日新たに家賃を一ケ月金三百円とする家屋賃貸借契約を締結し昭和二十三年九月まで引続き右賃料で賃貸していた。ところが、右家屋及びその敷地については昭和二十三年度において地租家屋税等で金一万三千九百七十七円を要し、その他火災保險料、家屋の修繕費等にて莫大な費用を要するため同年十月再び家賃の値上を交渉したが應じないので家賃を領收せずにいたところ被告は昭和二十四年六月末に至り昭和二十三年十月分として金六百五十円、同年十一月より昭和二十四年六月まで一ケ月金七百五十円の割合による家賃を供託してきたから原告は家賃の内入金としてこれを受取つた。右のような次第で原告は同年二月二十三日地代家賃統制令第七條の規定に基き三重縣知事に対し事情を具して家賃値上の申請をした結果同年六月二十七日同知事より同年二月以降同年五月までの家賃を月額金二千五百円、同年六月以降月額金四千円とする認可を受けた。然るに被告は依然家賃値上の要求に應じないので右三重縣知事認可額に基き前記請求趣旨の如く家賃の決定を求めるため本訴請求に及んだと陳述した。<立証省略>
被告は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として原告の主張事実中原告主張の如き経緯にて昭和十年十二月原被告間に原告主張の家屋につきその主張の如き賃貸借契約が成立したこと、昭和十三年十一月從來私証書であつた賃貸借契約書を公正証書に改めたこと、原告主張の如き経緯のもとに昭和二十一年五月二十九日原被告間に右家屋につき原告主張の如き新たな家屋賃貸借契約が締結せられたこと(尤も本契約は被告の意思に反してなされたものである)、原告が地代家賃統制令に基き昭和二十四年六月二十七日に三重縣知事より右家屋の賃料につきその主張の如き内容の認可を受けたことは執れも認めるがその余の事実は否認する。原告は右三重縣知事の認可を受けるにあたり原告主張の建物のほか昭和十一年取毀をなし現存していない「木造瓦葺平家建炊事場一棟建坪十一坪三合七勺」をも含めて値上申請をなしたものであつて、かゝる申請に基いてなされた右認可額は不当である。又昭和二十一年五月二十九日本件家屋につき新に賃貸借契約を締結した際原告よりの申出によりその賃料を月金三百円とした上更にそのほか機械器具の賃料として月金百二十円を支拂うことにしたのであり右建物は病院であるが数十年以前の古い建築物で被告が昭和十年十二月借受け開院の際被告が約金五千円を投じ(当時右家屋の價格は約金一万五千円であつた)不備の点を手入れしたほか小部分を除いては原告は全然修理を加えないため腐朽甚だしく且先般の大震災のため院の内外は大破し正門の修理再建、本館、住宅、納屋等の落壁の修理、本館、病室の雨漏り及び炊事台の腐朽修理、全建物筧の掛替え、数ケ所に亘る板垣の腐朽修理、住宅戸締三ケ所の修理等原告において修理をなす義務があるにも拘らずこれを放置しその上戰時中正門の鉄、家屋の鉄格子、鉄製器具等を供出したが原告はこれらを補充する約であるに拘らず未だ補充修理をしない。從つて右建物は腐朽荒廃の状態で日夜盗難におびえ、尚病室は疊敷に紙張障子という有様で他病院に比し著しく構造設備上遜色を呈し、患者はこれを嫌厭して入院を拒む等殆んど病院としての利用價値がなくなつている有様である。それでも被告は家賃を増額して昭和二十三年十月分金六百五十円、同年十一月以降昭和二十四年六月まで一ケ月金七百五十円の割合により支拂おうとしたが原告が受領を拒んだので同年六月被告はこれを供託した次第である。要するに右家屋の家賃は現今一ケ月金七百五十円が相当で原告主張の月額金四千円は甚だしく高價であると述べた。<立証省略>
三、理 由
別紙物件表記載の家屋が原告の祖父訴外久留春三によつて建設せられ同人原告の父訴外久留威が孰れも右家屋において病院を経営していたこと、威死亡により右病院を閉鎖中被告よりの申出により原告が被告に対し家賃を一ケ月金百円と定めて病院として使用させる目的にて賃貸し、次で昭和二十一年五月二十九日新たに家賃を一ケ月金三百円と定めて賃貸する契約ができたこと、被告が右家屋を賃借後同所において病院を経営し現在に至つていることは孰れも当事者間に爭がない。尤も被告は右昭和二十一年五月二十九日に締結せられた賃貸借契約は被告の意思に反してなされたものである旨主張するがこれを肯認するに足る何等の資料がない。而して原告が昭和二十三年十月被告に対し再び家賃値上請求の意思表示をしたことは本件口頭弁論の全趣旨より認められるから本件家屋のその当時以降の賃貸料がいくばくを以つて相当とするかにつき考えてみると被告が原告の右値上請求に應じなかつたため原告が昭和二十四年二月二十三日地代家賃統制令第七條の規定に基き、別紙物件表記載の建物(但しその際既に取毀し現存しない木造瓦葺平家建炊事場一棟建坪十一坪三合七勺をも含めたが被告に賃貸していない瓦葺木骨鉄網コンクリート二階建土藏一棟建坪十坪は含めていない)につき三重縣知事に対し家賃増額の申請をした結果同年六月二十七日同知事より同年二月以降同年五月末までの家賃を月額金二千五百円、同年六月以降月額金四千円に増額する旨の認可を受けたことは当事者間に爭がなく、かゝる事実と鑑定の結果及び当事者間成立に爭のない甲第五号証により本件の家屋関係の昭和二十三年度地租が金三千六十四円余、同二十四年度が追加予定額を加えて金七千百八十九円余、本件家屋の昭和二十三年度家屋税が金九千二百九十二円、同二十四年度が金八千三百九十三円(追加予定税額八千三百九十三円)であることが認められる点その他経驗則上経済状勢等により修繕費火災保險料等の負担が著しく増加している事実並びに反面檢証の結果を綜合すれば本件家屋は諸所の雨漏り、壁のくずれ、窓硝子の破損、板塀の朽廃等により相当荒廃していることが認められるのでかゝる諸般の事情と前認定の本件賃貸借成立当初の事情、その賃貸料の変遷等を参酌して考えるときは本件家屋の昭和二十三年十月以降の賃貸料は一ケ月金三千円を以つて相当とすることが認められ他に右認定を覆すに足る資料は存しない。よつて右認定の範囲内においてのみ賃貸料値上げの効力を生じたわけであるから右範囲内において本件家屋の昭和二十三年十一月以降昭和二十四年五月末日までの賃貸料が一ケ月金二千五百円なる旨の確認を求める原告の本訴請求部分は正当として認容するが、昭和二十三年十月分については原告が被告に賃貸料値上請求の意思表示をしたのが同年十月中であることは前認定の如くでありその日時が不明であるからその月分についての確認を求める部分は失当として棄却し同年六月以降の賃貸料につき一ケ月金四千円の確認を求める部分は右認定賃貸料金三千円の限度において正当として認容しこれを超える部分は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二條を適用して主文の通り判決する次第である。
(裁判官 木戸和喜男 平谷新吾 藤本忠雄)